油彩画
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 上と右2点

技法など何も知らずに油彩を始めた。
はじめは塗り絵である。 
         [ 釣り人 ]

表現を始めると、
自分自身が克服すべき課題なのであろう、
まずは自分の中にある醜いものが浮き出てくる。
そして、その後も水先案内人のように付き添う。
             
             
縄の額装・笑う山

当時、額縁というものに違和感を持ち、
わら縄を遣って壁から浮かしてみた。
自分では額という問題を克服したつもりでいたが、
逆に意識しすぎではないかと言われた。
自分の思いを人に届けることは、
なんと難しいのだろう…… 
  [ 自画像 ]

絵はいつしか自画像となる。 
  [ 身体 ]

内的な自画像。
 
 
             
             
 カンディンスキー風

表現を通して、自分を再発見してゆく。
ただ、それだけである。
そこには誰かに評価されるものは存在しない。
自分が評価すべき問題が横たわっているだけなのだ。
そこを忘れた作品は、表現ではなくなる。 
  高尾の山

自分を確かめる。
しかしそのことで人を傷つけることがあるのだ。
そのことをしっかりと、識っておかなければ、
永遠に、自分の理想などには届かない。
自分の理想など、
おこがましくてとても口になどできないが、
しかしそれは、なによりも大切な、克服すべ問題である。 
    白黒の富士山

ある方より、
「キミは愛のつもりでいるのかもしれないが、
僕に言わせれば、此所は墓場だ!」
と言われた。

色とはなんなのか?……という問題に
ぶつかり、突然色を使えなくなった。
色を使うのが怖くなった。

しかし、ここから
色を色として識るための、
出来事がはじまったのだ。

それは、自分の大好きな色を、
人にとっても豊かであるものにするための、
始まりであったのかもしれない。  
           
             
 [ 黒い雲 ]

大好きな色が使えなくなったことで、逆に見えてくる豊かなものもあるだろう。
それが見えれば、色を通して感じている
もの≠フ本当の姿が、より明らかになるだろう。
きっと人は、そういう好きなものを通してしか
もの≠見れないのだ。
つまりそれが自分なのだろう。
だから自分は、
あらゆるものの本当の姿を識るために
透明にならなくてはならない。
  [ 空間に流れ ]

色の向こうにある本当の姿を探す。 
   [ Love composition ]

色を抜いた絵の中で一番好きな絵。
しかしこれはまだ自分の表現になっておらず、
借り物でしかない。
   
             
             
 [ 自画像 ]

行き詰まった自分
   災難の自画像

八つの災に遭っていた頃の自画像。
      その頃の自分 
             
             
 [ おとことおんな]

愛したいのに愛せない……
  [ 家族 ]

人間でありたい…… 
   [ 自己であるものを抱く ]    [ 自画像 ]

わたしの、愛するもの…… 
             
             
 [ おとことおんな(デッサン)]

男と女を隔てる見えない壁
  [家族(デッサン)] 

愛したい…… 
    [ Love composition ] 
           
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